大正4年のツルゲーネフ散文詩
古本屋をのぞいていると、ふと目に入ってくる本があります。そんなときは素直に書棚に手を伸ばし、パラパラッとページを繰りそのまま帳場に差し出します。
このツルゲーネフの「散文詩」もそうした本の1冊です。ツルゲーネフは19世紀ロシア文学の代表的な作家の一人ですが、トルストイやドストエフスキーなどの超大物(?)にくらべると日本での読者は少ないようです。しかし明治初めには二葉亭四迷により「めぐりあひ」「あひゞき」が訳出されるなど日本の近代文学に大きな影響を与えた作家のひとりです。
私にとっても、ツルゲーネフの作品には独特の気品と清涼感が感じられて、好きな作家のひとりでした(もっとも読んだのは20年以上も前ですが)。
この散文詩は大正3年10月に新潮社から発行された文庫サイズの本です。多分、全訳としては、日本で初めての本ではないでしょうか。訳者の草野柴二はモリエールの翻訳者として知られていますが、ロシア文学もいくつか訳出しています。この作品は英語からの重訳のようですが、格式の高い翻訳のように思えました。
ページを開いてみると扉には「兄上ヨリ(一九一五、四)」と記されていました。最初の持ち主は大正4年の4月にお兄さんからのプレゼントとしてこの本を手に取ったのでしょう。中学か旧制高校進学のお祝いだったのでしょうか。
ちょうど大正デモクラシーの時代に若い時を過ごした仲の良い兄弟だったのでしょう。このあと世界恐慌から日中戦争、第2次世界大戦へと進んでいく日本ですが、この兄弟は果たして生き抜くことができたかどうか... 蔵書印は「森本」と読めましたが。
ページをめくるとそうした時代の様子が、私の身体の中心に向かって伝わってくるような気がします。
いまでも文庫本には書籍の広告や目録が載っていますが、この本にもありました。とくに目についたのは「文学新語小辞典」と「新文章問答」の2冊の広告です。
諸君渇望の寶巻漸く出でたり!
増版又増版!
諸君の知らんとするものは悉く本書の中に在り
いまでは気恥ずかしい感じがするコピーですが、逆になにか文学や芸術に対するストレートな思いを感じてしまいます。きっと、世の中全体にいまよりもっと熱気があったのでしょう。
「文学新語小辞典」の編者として紹介されている生田長江は生田春月や佐藤春夫の師として、また「青鞜」の創刊から関わっていた評論家、翻訳家として高名な方らしいですが、私は寡聞にして知りませんでした。翻訳者としてニーチェ全集を刊行し、教師として与謝野晶子や平塚雷鳥に影響をあたえた当時としては最先端の文化人だったようです。
文学士という肩書きに時代を感じますが、東京帝国大学文学部哲学科を卒業し30歳そこそこだったはずの彼にとっては、きっと現代の博士号以上に力強い意味を持っていたのでしょう。
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