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2006/06/18

19世紀から20世紀、21世紀の鉄道を乗り継ぐ その3

関東鉄道常総線を守谷から水海道へ向かって北上します。取手~水海道間は非電化ながら複線となっています。非電化複線区間は今では珍しくなってしまい、おそらく北海道の室蘭本線や函館本線くらいにしか残っていないのではないでしょうか。先頭車両から前を見ていると、一瞬、北海道を走っているような気がしました。
水海道駅はいかにもローカル線の主要駅という雰囲気で構内踏切も似合っています。取手方面から下妻、下館へ向かう場合は、大半がこの駅で乗り継ぎとなります。ここからは単線に変わり、ディーゼルカーの単行が主力となります。私たちが着いたときの乗り継ぎ列車の車両は、旧国鉄のキハ30でした。
まあ、なんとついていることでしょう! 訪問スタートから1時間もたたないうちに再びお目当ての車両に会えるとは...
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塗りわけもシンプルで十分に美しいボディーでした。しかしキハ30や35の特徴である外吊りのドアというのは、なんでああなったんでしょう? 理由はいろいろ考えられますが、その後、普及しなかったところを見るとあまり成功した機構ではなかったのでしょう。子どもの頃は、貨車の扉のようでいやだった記憶があります。
キハ30(キハ101形)はやがて軽快なエンジン音を響かせながら出発して行きました。
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水海道駅ではディーゼルカー三昧の時間を過ごしましたが、駅前のブラジルがそのままやってきたようなスーパーに入ったり、つくばエクスプレスができて常総線以上に先行きが厳しそうな東京行きのJRバスを記録したりと、鉄道以外でも発見がありました。
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こうして時間を使って水海道駅で粘っていた理由は、さきに守谷駅で見送った旧キハ35に乗りたいためでした。どうせ取手に行くなら、センチメンタルに行きたいというわけです。やがて、エンジン音を響かせながら2両編成でやってきました。
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運転室に続く座席を確保して、取手に向けて出発です。 <続く>

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コメント

キハ35系の最大の特徴である外吊扉ですが、非電化路線の低いホームに対応するため、全ての客室扉(片側3箇所の両開きドア)にステップを取り付けた場合の強度不足解消の点から、戸袋を廃止できる外吊扉を採用したということのようです。同様の理由から、クモハ451・471の1次車の運転台側の扉も、製造当初は外吊扉でした(その後他車同様の一般的な扉に改造されました)。

しかし、隙間が大きく冬季の車内保温に難があることから、他の車両に及ぶことはありませんでした・・・。

コメントをいただいて、クモハ451の外吊りの扉の記憶が蘇ってきました。「鉄道ファン」で写真を見て、不思議なスタイルだなと当時思いました。その後、上野駅で実際に見たときも、やはり「変だなあ」と感じました。列車は「まつしま」か「ときわ」だったと思います。

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